《旬もの》「鳳凰」さらなる高みへ 椎名酒造(茨城・日立)
新酒の季節が巡ってきた。茨城県日立市の山あいにある椎名酒造では、6代目蔵元で杜氏(とうじ)の椎名健二郎さん(39)が仕込みに精を出していた。甘い香りの漂う酒蔵で、大きなタンクに入ったもろみを丁寧にかき混ぜる。こうすることで、タンク内の温度が均一になり、発酵の進み具合が一定になるという。
兵庫県産の「山田錦」や長野県産の「美山錦」などの酒米を使用し、精米歩合を変えた純米大吟醸や純米吟醸など銘柄「富久心」を手掛ける。「お客さまには飲みやすく、後味が良いと言っていただくことが多い」と椎名さん。仕込みや醸造は椎名さんがほぼ1人で担い、事務を担当する母で社長の美津子さん(68)や妻の奈穂さん(35)とともに家族一丸となって酒蔵をもり立てる。
2月末までの仕込みは、毎朝6時すぎから始まる。気温1桁ほどの酒蔵の中、米の蒸し上げやもろみの攪拌(かくはん)といった作業ののち、洗米やこうじ造りなど翌日に向けた準備もあり、作業は夜まで続く。
一番のこだわりは「米の特長をしっかりとお酒に反映させること」。そのためにはこうじ造りが大切で、こうじに使う米は品種ごとに水に浸す時間を変え、水分管理を徹底する。短い時は10分以内、長い時は1時間近く漬けておくものもあるという。
椎名さんが酒造りを始めたのは約12年前。当時は県外のスポーツ用品販売店に勤めていたが、父親で5代目だった将人さんの病気が見つかり、家業を継いだ。「自分にできることがあればとの思いだった」。将人さんから手ほどきを受け、約2年かけて酒造りを習得。数々受けたアドバイスの中で特に、「一つ一つ丁寧に、目の前の作業にしっかり取り組め」という言葉が、今も心に深く残っているという。
父から受け継いだ味を守りつつ、さらなる高品質を目指し、県産業技術イノベーションセンターの日本酒担当者や他の酒蔵の杜氏たちとの情報交換も欠かさない。昨年8月から新たな挑戦を始め、美山錦を35%まで磨いた「富久心 鳳凰」を発売。「甘みや酸味だけでなく、かすかな苦味や渋味も絡みながら調和していく美山錦の特長を表現できた」と自負する。
「地酒として県民に飲んでもらい、県外に出る際にはお土産として使ってもらえたらうれしい。地元の誇りのような存在になれたら」。代々続く変わらぬ味を大切にしながら、今後は県民への魅力発信にも力を入れていくつもりだ。
■メモ
椎名酒造店
▽住所は日立市十王町高原411
▽営業時間は午前9時~午後5時
▽定休日は第1日曜日
▽(電)0294(39)2041