《ググッと茨城県西》筑西市 安倍晴明生誕伝説 陰陽師のルーツ、脈々 高松家に残る神社、版木

茨城新聞
2020年11月25日

筑西市には、平安時代の陰陽師(おんみょうじ)、安倍晴明(あべのせいめい)(921~1005年)の生誕伝説がある。その物語の記された版木が同市猫島の高松家に継承されている。晴明は、中国の思想「陰陽五行」に基づく占いや「呪術」を駆使し、朝廷で影響力を振るったとされる謎の多い人物だ。京都で活躍した陰陽師の物語が、なぜ猫島に伝わっているのだろうか。同家を訪ね、千年以上前とされる物語に想像を巡らせた。

▽癒やしの泉

雑木に囲まれた高松家を訪れると、敷地内には「晴明神社」や「五角の井戸」などが継承されていた。

晴明神社の祭神は、晴明の先祖ともされる阿倍仲麻呂と、母親とされる信太姫だ。祭日の12月8日には赤飯がささげられる。今は枯れた井戸の水は「乳の出が良くなる」「子を授かれる」「眼病に効く」などの言い伝えがあり、かつては多くの人が水をくみに訪れた。

母屋の南東には、晴明が「病魔退散」のために、ここから弓矢を放ったとされる「晴明塚」がある。放たれた最初の矢が落ちた場所は一ノ矢(つくば市)と呼ばれるようになったという伝承もある。そのほか猫島には晴明ゆかりの伝説を持つ橋を記念した晴明橋公園がある。宮山ふるさとふれあい公園(筑西市宮山)の展望台には、晴明伝説に関する展示物や歌碑が設けられている。

▽「晴明伝記

同家に保管された「晴明伝記」の版木=市指定文化財=は、記述の内容から1711(正徳元)年ごろの制作とみられている。版木から刷られた本をめくると、魔よけとされる「五芒(ごぼう)星」と「九字紋」(セーマンドーマン)が現れた。

高松家に伝わる「晴明伝記」を見せる高松悦子さん。右下に五芒星が見える

同書の粗筋は以下のようだ。唐に渡った吉備真備が、阿倍仲麻呂の子孫に「伝来の宝書」を託そうと、真壁郡を訪ねてくる。すると数千匹のネコに取り囲まれた。一歩も進めなくなったところ、童子たちが現れ、ネコを追い払った。童子の中に、仲麻呂の子孫とみられる眉目秀麗な幼少の晴明がいた。これが地名「猫島」の由来となった。

登場する固有名詞の数々からは相当な教養がにじむ。神仏習合の要素もある。

同書に先立ち、1600年前後に成立した書物「☆(竹カンムリに甫の下に皿)☆(竹カンムリに根のツクリ、下に皿)抄(ほきしょう)」が晴明の出身地を猫島とする。しかし、資料の成立年代はいずれも新しく、信ぴょう性は定かでない。晴明の出生伝説は大阪市や和泉市など各地にあり、県内では石岡市吉生にもある。

▽創作の源泉

晴明の人物像は、後世に多くの作家の想像力を刺激してきた。今も夢枕獏(ゆめまくらばく)氏の小説「陰陽師」に代表される作品群が人気を集めている。高松家には、晴明を主人公とする漫画「陰陽師」を描いた岡野玲子氏や、やはり晴明が絡む小説「帝都物語」を書いた荒俣宏氏らが訪れているという。

晴明は、常陸・下総を舞台に反乱を起こした平将門と同時代人だ。猫島の南約5キロには将門の叔父、平国香の屋敷があったとされる東石田がある。荒俣氏が将門の怨霊伝説と陰陽道を結び付けて「帝都物語」を構想したのは興味深い。

高松家当主の高松市夫さん(71)は「岡野さんの作品がブームのきっかけ」とし「今の若者、特に女性は神秘的なところに魅力を感じるのかな」と分析する。妻の悦子さん(67)は「SMAPの稲垣吾郎さんがNHKのドラマで晴明を演じると、女子中学生がたくさんやってきた」と楽しそうに笑った。

猫島の晴明伝説は、平安時代の関東と関西、大陸を壮大なスケールで結んでみせる。これからも多くの人の想像力を刺激し揺り動かすだろう。その呪術のような物語の強い力を思うと、とても不思議な気持ちにさせられた。