《上州ブランド図鑑》低温殺菌牛乳63℃ 搾りたての甘み 手間惜しまずに
牛乳を静かに置いておくと、上部に脂肪分が浮いてくる。「クリームライン」と呼ばれる天然の生クリーム層だ。生乳に含まれる脂肪球を砕かず、高い熱を加えないことでできる現象で、より搾りたてに近い牛乳のしるし。東毛酪農業協同組合(太田市新田市野井町)が手掛ける「低温殺菌牛乳63℃」はこの新鮮さが売りだ。(春山未央)
生乳の殺菌温度が1度でも高いと「クリームライン」はできない。東毛酪農の殺菌温度は63度。この数字は商品価値を生み出す生命線と言える。商品名はここからとった。
■計50分の処理
市販牛乳の多くは120~130度で2~3秒の超高温殺菌をしている。これに対して東毛酪農は63度の低温で30分かけて殺菌する。しかも、規定により20分かけて63度まで上げなければいけないため、殺菌処理だけで計50分を要する。
大久保克美組合長(68)は「工場的には牛乳に手を加えた方が楽。それでも最低限の熱で、酪農家が搾ったおいしい牛乳をそのままに近い形で提供したい」と力を込める。
低温殺菌するためには、細菌数の少ないきれいな原料乳作りも欠かせない。そのため組合に加盟する酪農家による、厳しい基準をクリアした生乳だけが使われる。
こうして作られたこだわりの牛乳は、まろやかで自然な甘みがある。タンパク質やカルシウムの成分が熱で変質せず、牛乳特有の臭みも少ない。「飲んでもおなかがゴロゴロしない」「牛乳嫌いでも飲める」などと評判を得ている。上部に浮かんだ生クリームはコーヒーや紅茶に入れても楽しめる。
■消費者に応え
組合はもともと高温殺菌の牛乳を製造していた。転機が訪れたのは1982年、東京都の消費者グループの突然の訪問だった。
「ドイツから帰国したら、家族が日本の牛乳を飲めなくなった」。グループ代表の小寺ときさん(故人)はこう相談し、低温殺菌牛乳の製造を依頼した。欧州では一般的な低温殺菌牛乳が、当時の日本でほとんど流通していなかったからだ。
組合は牛を放牧して育てる直営の根利牧場(沼田市)を持ち、利根川河川敷の野草を飼料として利用、専属の獣医師を置くなど、独自の取り組みをしていた。それを知ったグループが「ここなら作ってくれるのではないか」と評価してのことだった。
酪農家から反対の声も上がったが、話し合いを経て依頼に応えることを決めた。酪農家は生乳の品質改善に取り組み、一方の組合は工場設備や管理体制を整えた。消費者も適切に製品を保管することを約束し、83年に「みんなの牛乳」が完成した。
現在の「63℃」というブランド名を前面に打ち出すようになったのは近年のこと。2012年に開業した東京スカイツリー併設の商業施設「東京ソラマチ」への出店がきっかけとなった。
■知名度向上
広告宣伝会社のコスモセブン(東京都港区)と業務提携し、ソフトクリーム専門店「東毛酪農63℃」の1号店をソラマチに開業した。低温殺菌牛乳で作るなめらかなソフトクリームは人気を集め、東毛酪農の知名度向上に一役買った。東毛を「とうもう」と読める人も増えた。
開店から4年がたち、売り上げは順調に推移している。今年の「ソラマチアイスクリーム総選挙」では数あるソフトクリーム店の中で2位に選ばれた。
4月にはJRさいたま新都心駅直結の大型商業施設「コクーンシティ」に出店。今後も多店舗展開を検討しているという。
「63℃」を冠した「東毛酪農低温殺菌牛乳63℃」はパッケージを一新して売り出した。デザイン性の高さもあって認知度は上がっている。
低温殺菌牛乳の製造を始めてから34年。酪農をはじめ、日本の農業を取り巻く環境は変わった。30年前に94戸あった組合の酪農家は20年前に34戸まで減り、現在は27戸となった。
こんな苦境にあっても大久保組合長は「低温殺菌をやっていなければ東毛酪農はなかったかもしれない」と前を向く。「シンプル イズ ベスト」を基本に、おいしさと安全性のために手間を惜しまない。それが消費者に選ばれ続ける商品づくりの原動力だ。
◎チーズやソフトも人気
低温殺菌牛乳を加工したチーズなどの乳製品も人気を集める。
カマンベールチーズは塩分控えめの優しい味わい。工場で2~3週間かけて熟成し、食べごろの状態で密封している。
ソフトクリームはジョイフル本田新田店(太田市新田市野井町)の「ニコモール」で味わえる。「家族4人で食べても千円でお釣りがくるように」と、1個220円で提供している。
日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)が大枠合意に至り、酪農家は岐路に立たされている。生き残りをかけ、これからも高付加価値の商品を作り続ける。
【データ】東毛酪農業協同組合は1952年に組織化された。牛乳や乳製品は首都圏を中心に出荷している。宅配や通信販売、工場隣接の「ミルクランド東毛」とジョイフル本田新田店内での直売もしている。
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