《旬もの》八溝わさび(茨城・大子町)

茨城新聞
2024年12月16日

■香りと辛み 湧き水が育む

茨城県道から車1台がやっとのでこぼこ道に入り、ゆさゆさと揺られながら、右に左にうねうねと上ること約30分。向かったのは同県大子町上野宮の八溝山麓。山中の広葉樹はすでに葉を落として周囲は意外なほど明るかった。

八溝川沿いの林道で車を降り、落ち葉を踏みしめて斜面を上ると、湧き水が流れる段々畑のようなワサビ田一面に広がる緑が目に飛び込んできた。香りと辛みに優れた、その名も「八溝わさび」だ。

「こうして上に伸びるんだ」と案内してくれた戸辺洋一さん(74)がワサビを抜いて地上に出た根茎を示し「静岡や長野産に決して引けを取らない」と続けた。

きっかけは1989(平成元)年、同町で地域おこしの一環として結成された生産グループ。古いワサビ田を整備、拡大して栽培に乗り出した。

始めて10年ほどは生産も順調で、直売所で生のワサビや瓶詰め、わさび漬けなどを売って好評だった。しかしワサビだけで生計を立てるのは難しい。退く人も出て、グループの解散を決める。

ワサビ作りを学んでいる佐藤望夢さんと石塚和人さん(右から)

戸辺さんはワサビ田を放置するのは忍びなく「八溝の自然の恵みが育んだワサビを守りたい」と面積を縮小しながらも管理を引き受け、今日まで1人栽培を続けてきた。

年間を通して収穫できるワサビだが、中でも晩秋から冬は最盛期。根は大きく育ち、香りも辛みも今が一番という。「栽培には水温13~15度、夏冬の温度差が少ない湧き水の豊富な所が適している」と話す。農薬も肥料も一切使わず「本当の自然食品」と言うのもうなずける。

「冬は落葉して日当たりよく、夏は葉が直射日光を和らげる。八溝の自然林がつくる環境も重要」と力説する戸辺さんに今春、心強い助っ人が加わった。茨城県笠間市の佐藤望夢さん(24)と石塚和人さん(24)。ワサビ栽培の教えを請いに毎週通う。

幼なじみの2人は「ワサビ田の美しさにほれ込んで、自分たちも栽培できないか挑戦することにした」と口をそろえる。来年に備え田の整備に余念がない2人を「先は分からないが、若い人に知っていることは教えたい」と戸辺さんはうれしそうに見守っている。

■メモ ワサビ
▽生産が少ないため購入は予約制で、戸辺洋一さんに直接申し込む。(電)0295(77)0902
▽大子町内の「ダイゴカフェ」でアボカドにワサビを合わせた「奥久慈わさび丼」、「ピッツェリアコゾー」では葉のしょうゆ漬けをのせたピザを食べられる。