泉坂下遺跡出土品を国重文へ 文化審答申、大日本史編纂記録も
国の文化審議会(馬渕明子会長)は10日、常陸大宮市の泉坂下遺跡出土品を国指定重要文化財(美術工芸品)に指定するよう、松野博一文科相に答申した。本県の国指定重要文化財(美術工芸品)は計41件となる。そのうち考古資料は銅印(静神社所有、1954年指定)、埴輪(はにわ)男子立像(県立歴史館寄託、59年指定)、武者塚古墳出土品(上高津貝塚ふるさと歴史の広場保管、2014年指定)に次いで4件目。
泉坂下遺跡出土品は、東日本の弥生時代の再葬墓の様相を伝える良好な資料で、人面付壺(つぼ)形土器1点、壺形土器53点、甕(かめ)形土器残欠2点、滑石製の玉5点の計61点で構成。特に、人面付壺形土器は全国で発見された17点の中で最も立体的で大型の優品とされる。
また、本県関係として、京都大所有の大日本史編纂(へんさん)記録248冊を国指定重要文化財(歴史資料)に指定するよう答申。大日本史編纂記録は、徳川光圀の命による大日本史の編纂に当たり、水戸藩史館(彰考館)で作成された記録群とされる。
■人面付壺形土器 国内最大、珍しい造形
重要文化財指定に答申された常陸大宮市の泉坂下遺跡出土品の中で、国内最大の人面付壺形土器(高さ77・7センチ)は、顔面が土器と一体化して顎が突き出て造形的にも珍しい。弥生人の特徴も見て取れ、市教委生涯学習課歴史文化振興室は「目や口の周りのギザギザは入れ墨を表し、耳たぶの穴は今で言うピアスをしていた跡だろう」と話す。
同遺跡は2006年、学術調査により、貴重な再葬墓遺跡であることが判明した。再葬墓は遺体を葬った後、骨だけになってから遺体をつぼやかめなどに入れて埋めた墓。同市の人面付土器について市は、遺跡名から「いずみちゃん」と呼び、イラスト入りのバッジやノートなどを作り、小学生の見学者らにプレゼントしてきた。三次真一郎市長は「地震や火災に備えて保存し、市の誇りとしてPRしたい」と語った。
■書状下書き、写し 彰考館の公文書 大日本史編纂記録
国の重要文化財に指定される大日本史編纂記録は、徳川光圀が開設した江戸と水戸の二つの彰考館の間や、史料調査で全国に出張した館員と彰考館との間で取り交わされた書状の下書きや写しを主体とした記録だ。大日本史で取り上げる人物への評価を館員の間でやりとりした文書もある。いわば彰考館の“公文書”集だ。
大日本史編纂記録に長年接してきた水戸市渡里町の鈴木暎一茨城大名誉教授(78)は「私の研究の礎の存在だった」と話す。大日本史編さんに当たった彰考館の研究者たち、助さんこと佐々宗淳、格さんこと安積(あさか)澹白(たんぱく)らの人間性や、大日本史編さんの苦労がうかがえ、完成した大日本史では味わえない面白みがある。鈴木名誉教授は「もともとは水戸の史料。より多くの人が知る機会になればいい」と願っている。
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