蚕種製造の塩原家住宅が国重要文化財に 前橋の絹文化を支える

上毛新聞
2019年10月21日

 国の文化審議会(佐藤信会長)は18日、1912年(大正元年)に建てられた国内最大級の蚕種製造住宅「塩原家住宅」(前橋市田口町)を国重要文化財に指定するよう、萩生田光一文部科学相に答申した。明治から昭和にかけて中毛地区の蚕種製造を主導した塩原家の歴史を物語り、製造の実態や技術の変遷を示す建物として評価された。

◎蚕種の歴史を残す貴重な建築
 塩原家の蚕種製造は、初代の塩原佐平が1879(明治12)年に住民有志と共同稚蚕飼育所を設立したことから始まる。81年に養蚕飼育試験場と改称し蚕種製造を本格化。独自の改良種「塩原亦また(又)」は前橋の絹産業を象徴する全国的なブランドとなり、事業の拡張段階で今回指定される建物は造られた。

 その後、1957年に塩原蚕種株式会社を設立するも業界の低迷を受け、79年に休業、96年に廃業。子孫が住宅として使っているため一般公開していない。

 本指定されるのは主屋おもやと裏蔵、稲荷社。主屋は木造3階建てで、屋根上にある換気用の「総櫓そうやぐら」を含め高さ14.3メートル、延べ床面積は約1000平方メートルにおよぶ。1階は主に住居に使い、養蚕作業をした2階は4室に分けて蚕室とした。3階は上蔟じょうぞくと蚕種製造に特化した。

 土蔵造りの裏蔵は建築年題は不明だが、幕末に強盗に火を付けられたとされる炭化の跡があり、江戸期から続く名家であることを示す。1907年建立の稲荷社は屋敷神の本殿としては本格的な造りで、塩原家の勢いを象徴する。

 蚕種の保護室と冷蔵庫、変電室などの製造技術の変遷がわかる多くの建物も残り、蚕種業関連の文書1100点以上とともに高い価値を有する。

 答申を受け、山本龍市長は「往時のたたずまいを多年に渡り維持されてきた塩原家の努力に感謝するとともに、後世に残したいという思いを市民と共有していきたい」とコメント。

 調査に携わった県文化財保護審議会の村田敬一副会長は「蚕種製造民家の集大成といえる造り。文書も貴重で明治から昭和の本県の蚕種業の変遷を知ることができる」と評価した。

 官報告示で正式に指定されると、県内の国宝・国重文の建造物は26件となる。