「入り鉄砲に出女」監視の碓氷関所400年 群馬・安中市で記念展 往時の役割と生活浮かぶ

上毛新聞
2024年1月20日

江戸時代の「入り鉄砲に出女」の監視といった関所の果たした役割などを紹介する企画展「碓氷関所」が2月19日まで、群馬県安中市の学習の森ふるさと学習館で開かれている。昨年の関所設置400年を記念して地域に残る史料など約100点を展示し、同市松井田町横川にあった往時の様子を浮かび上がらせている。

展示している「岐蘇路安見(きそじあんけん)絵図」は1756(宝暦6)年作成の旅行案内書。絵図と共に土地の歴史や行程などの説明があり、柵に囲まれた碓氷関所も示されている。明治時代初期の取り壊しの際に記された「碓氷御関所絵図」には中山道上に西門と東門があり、関所内には役人が取り調べを行う番所や住居といった建物があったことが分かる。

関所には通常10人ほどの役人が詰めていた。通行者は番所の前に置かれたお辞儀石に手をつき、ひざまずいたまま通行手形を提出して改めを受けたことをパネルで解説。虚偽の申告や関所を避けて山を抜けるなどの関所破りの手段、刑罰についても説明している。

関所を通るのに必要な通行手形には通行者の人数や行き先などが書かれていた。大名や、その家臣、村役人、寺院、貸家の家主らが発行できた。複数の関所を通る場合は通過する関所ごとの手形が必要だった。

江戸幕府にとって重要な「入り鉄砲と出女」に関する「鉄砲手形」「女手形」もあった。江戸で処刑された人の首を伴って碓氷関所を通るのに使われた手形もあり、遺体の通行も管理されていた。

温泉に入るための手形もあり、入之湯(同市松井田町坂本の霧積温泉)に入るための入湯手形、関所周辺に住む女性が関所を挟んだ畑や山林へ行く際の手形代わりの木製の鑑札も使われていた。

一般男性が参拝や湯治、商売のため長期間諸国を巡る際は、通過する関所ごとに提示するだけでよい旅行許可書と身分証明書を兼ねた往来手形が用いられた。

企画展は、江戸から領地の尾張国(愛知県)に向かう内容のものや、商人2人が紙の仕入れのため江戸から越前国(福井県)へ向かう通行手形を展示。関所が廃止される3カ月前の明治時代に入ってからの男性1人が信州に向かうと記された手形なども並ぶ。

関所役人の勤務時の衣服には規定があった。会場には手形の受け付けや罪人の追補などの実務に当たる同心が着ていたとされる小袖と裃、不審者の捕縛用の棒も見ることができる。

学芸員の阿部里美さんは「江戸時代の記録や実際に使われた通行手形を展示しており、碓氷関所で行われていたことを知ってほしい」と話している。

午前9時~午後5時。火曜休館(2月14、15日は休み)。入館料一般100円、高校生以下無料。問い合わせは同館(☎027-382-7622)へ。