飯島家住宅、寄贈へ 茨城・牛久市に 明治天皇が宿泊 公開も視野、本格調査

茨城新聞
2023年7月13日

江戸時代の水戸街道に置かれた牛久宿(現茨城県牛久市牛久町付近)の中心的存在だった飯島家の主屋や蔵などが、子孫からの申し出により市に寄贈されることになった。明治天皇が初めて茨城県を訪ねた際に宿泊した建物として知られる。当家が住居として使ってきたため、建設時期や構造は詳しく分かっていない。未調査の資料も多くあるとされ、市は公開も視野に本格的な調査に入る。

市が寄贈を受けるのは、飯島家の土地約2100平方メートルを含め、敷地内にある木造2階建ての主屋と蔵など計8棟。現在の所有者である飯島佳代子さんの祖母が約2年前に亡くなり、主屋は無人となっていた。飯島家では市と相談し、6月に寄贈が決まった。現在、所有権を移す手続きを進めている。佳代子さんは「明治天皇も宿泊された牛久の歴史を物語る貴重な文化遺産。歴史的な価値が後世に伝わることを強く希望する」とのコメントを発表した。

市教委文化芸術課によると、飯島家は牛久宿の「問屋」として牛久藩との間を取り持ち、宿場を仕切る役目を果たしていた。1884(明治17)年に陸軍近衛砲兵大隊の演習が女化原(現女化町)で行われた際、飯島家は明治天皇の宿舎となり、専用の玄関やトイレ、3間続きの和室などがある。市は本年度から2年がかりで主屋と蔵の構造を調査する予定だ。

寄贈に伴い同家所有の刀剣や絵画などの資料が市に寄託される。県指定文化財で鎌倉時代の太刀2振りも含まれ、その一つは有名な刀工「備前長船長光」の銘がある。同市ゆかりの日本画家、小川芋銭が明治期の飯島家当主の妻を描いた肖像画には「S.Ogawa」のサインがある。芋銭が西洋絵画を学んでいた初期の作風を示す美術史的にも貴重な作品という。

1991年から2004年にかけて「牛久市史」が編さんされた当時、飯島家の文書などの資料は少なくとも180点確認されている。建物内の資料調査が進めば、茨城県近代史の新たな発見が期待できそうだ。

根本洋治市長は「地域にとって価値のある文化財。早く公開できるのを楽しみにしている」と期待した。