茨城・日立の姿 幻の写真集 ユージン・スミス撮影 図書館で永年保存へ

茨城新聞
2023年5月14日

世界的な米国の写真家、ユージン・スミス(1918~78年)が高度経済成長期に茨城県日立市内の工場や街並みを撮影し、60年前に発行した幻の写真集が、市民からの寄贈によって同市立図書館で永年保存されることになった。公立図書館での所蔵は同県内で唯一。今春までに修理製本などが完了し、市民が閲覧できるようになった。

作品は「Japan…a chapter of image(日本…イメージの一章)」。同市幸町1丁目の市立記念図書館の参考図書室で、申請書を記入した上で閲覧できる。

スミスは1961年、日立製作所から海外向けPR写真の撮影依頼を受けて来日した。63年、約1年にわたって取材した成果を145点の写真から成る79ページのフォトエッセー「日本…イメージの一章」として発行した。

作品には県内の同社工場や製品、作業員の姿に加え、市民の暮らしや港町の風景も収録された。ただ市販されず、関係者への配布にとどまったため、現在は東京都写真美術館や茨城大など一部が所蔵するのみで、市民が触れる機会は限られてきた。

市立図書館で写真集の所蔵に向けた動きが本格化したのは約10年前。館内に同社関連書籍コーナーを設けたのがきっかけ。ただ、ごくまれに古本が出回っても高額で購入は難しく、図書館を利用する同社OBなどに呼びかける形で探してきた。

■「市財産に」

今回写真集を寄贈したのは、同社OBで市内に住む久保裕さん(81)。日立市内の大みか事業所で列車運行管理システムの開発などに携わった元技術者で、「市の財産として残るなら」と申し出に応じた。

久保さんの父・俊彦さん(故人)も同社副社長を務めた技術者で、発行当時は既に取締役。大学時代に横浜市内の自宅で写真集を見つけた久保さんは「社内で配られたものを父が持ち帰ったのでしょう」と話す。

カメラが趣味だった久保さんが譲り受け、自身も64年に同社に入社。その際に写真集を持って日立市に転居して以来、自宅で保管してきた。久保さんは「写真集を見た方が、古里の歴史に誇りを持つきっかけになれば」と願う。

図書館側は昨年寄贈を受けた後、発行当初の装本を生かす形で補修。劣化を防ぐため中性紙の保存箱を用意し、取り扱いの内規も定めるなど準備を進めてきた。貸し出しはせず、指定場所で原則1人1時間、最大2時間まで閲覧できる。

同記念図書館の鈴木弘嗣館長は「貴重な郷土資料。大切に保存、活用していきたい」と話す。

■作品解題

閲覧時は、掲載写真の撮影地や内容が分かる参考資料も提供する。スミスの日立での足跡に詳しい市郷土博物館学芸員の大森潤也さんが、関係者の取材などを基にまとめた「作品解題」だ。

「解題」では、写真集の冒頭を飾るはんてん姿の少年の子守姿が久慈浜地区で撮影されたことや、近代化を象徴する巨大な発電機を同社海岸工場から日立港まで輸送する様子も、その足取りが分かる。

スミスは日立撮影の約10年後に再来日。その後、水俣病の実態を世界に伝えた。大森さんは「そこに生きる人々に目が向いているのがスミスの本質。日立の撮影後に再び日本を撮りたいと考えるようになり、水俣につながった」と話す。