《真田紀行》 岩櫃山に御殿の名残 東吾妻

上毛新聞
2016年5月7日

ㅤ歴史に「if(もし)」はないが、武田勝頼が甲斐から上州の吾妻に逃れ、織田・徳川の連合軍と岩櫃城で攻防戦を繰り広げたら、その後の戦国の世はどう変わったのだろう。
ㅤ1582(天正10)年、真田昌幸が主君の勝頼を岩櫃城に迎えるため、本丸から南西約750メートルの場所に、わずか3日で造り上げたと言われる御殿(潜龍院跡)が東吾妻町郷原の古谷地区にある。
ㅤ岩櫃山の切り立った崖の麓に石垣だけが残り、当時の面影を伝えている。ハイカーや観光客が歴史に思いをはせながら散策する=写真。
ㅤ御殿は歴史の表舞台に出ることはなく、真田一族の根津潜龍斎に拝領され、潜龍院として名を変えた。


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