《まち里歩き探検隊》水と暮らす宿場町

上毛新聞
2018年10月27日

安中市板鼻地区は江戸時代、中山道有数の宿場町として栄えた。碓氷川の渡し場は、川止めになると参勤交代の人員や旅人でにぎわったという。当時の名残を見せる、歴史ある町並みを歩いた。

JR安中駅から約1キロ、鷹ノ巣橋付近に碓氷川渡し場跡がある(❶)。徳川幕府は西から軍勢に攻められた際の防衛策として、碓氷川に橋を 造らせず、旅人たちは人の肩などに乗って渡り、水深が深い場所は 輦台(れんだい)を使って行き来したという。渡し場跡は 現在のサイクリングロード付近で、ここから東に進み、旧中山道へ合流した。


程なく左側に古い門が見えた(❷)。鷹巣山の上に鎮座する鷹巣神社の入り口跡で、明治後期に板鼻地区のほとんどの神社を合祀(ごうし)したとされる。道ができたことで分断され、現在は門と石宮のみが残っている。


東へ進むと小川が見えてきた。板鼻堰(せき)用水路だ(❸)。江戸初期に造られ、稲作や宿場の用水として使われた。板鼻地区から高崎市の烏川に流れ込んでいる。

用水路から、民家の庭へ水を引き込むような入り口があることに気付いた。近くに住む平柳照明さん(76)が「昔はこの辺の家はみんなコイの養殖をしていたんだよ」と教えてくれた。平柳さんの自宅も見せてもらうと、家の軒下が池になっていて、以前はコイを飼っていたという(❹)。


用水路脇の遊歩道を歩くと、板鼻公民館にたどり着いた。公民館脇には皇女和宮が徳川家茂に嫁ぐため、京都から江戸へ向かう途中で宿泊した本陣跡がある(❺)。内部は資料館として開放されていて、貴重な史料を目にすることができた。


公民館で地元の方に面白い場所を教えてもらった。医学博士の荒木寅三郎(1866~1942年)の記念館だ(❻)。


荒木は板鼻宿に生まれ、ドイツ留学を経て医学者の道へ。京都大総長などを歴任し、今年100回大会を迎えた全国高校野球選手権の第1回大会で審判長を務めたそうだ。その際にかぶっていたシルクハットも展示されている。館長の茂木猛男さん(74)は「新島襄と並ぶ安中の偉人。多くの人に知ってほしい」と話した。

【ちょっと一息】多彩な洋食メニュー 異人館(安中市板鼻)
パスタやハンバーグ、ピラフなど多彩なメニューをそろえる町の洋食店。店主の高橋良美さん(69)が夫の故・和寿さんと近くで喫茶店を18年ほど営業し、1988年に現在地へ移転。当時から変わらぬメニューを守っている。


店内は神戸市の異人館をイメージしている。パスタの一番人気はエビやイカ、アサリを使ったペスカトーレ(1180円)。辛口もある。高崎市榛名地区の「こだわり卵」をつなぎに使ったハンバーグ(930円~)や、食感豊かな砂肝のアヒージョ(640円)も人気だ。
午前11時~午後10時15分(ランチは同3時まで)。火曜定休。問い合わせは同店(☎027・382・6533)へ。

【メモ】サイクリングロード近くの碓氷川渡し場跡をスタートし、ゴールの異人館まで約1・5キロ。ゆっくり見学しながら1時間ほどで歩くことができる。東西に走る旧中山道沿いに見どころが集まっている。

◎本日の探検隊員 安中支局 落合琢磨記者 板鼻堰と生活 密接
板鼻地区は古くから交通の要衝だった。かつて碓氷川が増水によって渡れなくなると、宿場町は人であふれた。板鼻堰はコイの養殖や生活用水に使われた。水害に苦しみながらも、水と人々の生活が密接に関係してきたことを感じた。往来の激しい国道18号バイパスから一本道を入れば、歴史豊かな町並みが今も広がっていた。

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