県五浦美術館 開館20年展 深遠な龍図の宇宙、体感

茨城新聞
2017年11月12日

雲間を飛翔(ひしょう)する長い胴体。険しい眼光と手足から伸びる鋭い爪。伝説上の聖獣、龍(りゅう)と言えば、誰しもこんなイメージを抱くはず。古来、龍は天地をつかさどる全能の象徴として、戒めの神となり、時に懐深く人を包み込んできた。開館20年を迎えた県天心記念五浦美術館(北茨城市大津町)の企画展「龍を描く-天地の気」は、東洋画の重要題材、龍を描いた中世から現代の名品を一堂に紹介。大自然への畏怖や立身の願いを込めた多彩な表現からは、深遠な龍図の宇宙を体感することができる。

同館によると、伝説上の龍は、インドや東南アジアではナーガ、ヨーロッパではドラゴン、中国や朝鮮、日本では龍と呼ばれ、伝わってきた。信仰の対象でもあり、インドから伝わった龍王をはじめ、水神と融合するなど人々に親しまれている。日本美術では古くから寺院を中心に、建物を火災から守るための天井画として、あるいは観音や羅漢とともに仏画の中に描かれてきた。水墨による雲龍図や龍虎図、絵巻など物語に登場する龍としても表現されている。

同展は、「仏画における龍」「寺社建築と龍」などの章立てで、個性的な龍図に挑んだ中世・南北朝時代から現代の作家による名品55点をそろえた。同館の中田智則首席学芸員は「本館は、明治の思想家、岡倉天心の業績顕彰を目的に20年前に開館。今展はその総決算として、東洋の伝統画題の一つ、龍を初めて本格的に特集した」と話す。

展覧の序章では、五浦で若き横山大観らと日本画壇の改革に挑んだ天心と龍との関わりに焦点を当てている。

同地で釣りを楽しむなど文人生活を送った天心は、自ら設計した釣り船に「龍王丸」と命名したり、地元平潟の漁師の求めに応じ「八大龍王図」を橋本永邦に描かせるなど、龍王に深い関心を寄せていた。中田学芸員は「天心にとって龍王は海上での安全を守る神だった。実母の実家が福井県で魚問屋を営んでいたことなどを考慮すれば、龍王信仰を抱いていた可能性は高い」と思いを巡らす。

今章では、前述の「八大龍王画」(1912年)や大観「双龍争珠」(05年)などを展示。「双龍争珠」は、師の天心が著書「東洋の理想」の中で、アジアの理想とヨーロッパの科学を2頭の龍に例えたことを意識し、2頭の龍を松の枝に置き換えて表現した。

会場のメインでは、「十六羅漢図」(14世紀)や常陸佐竹氏伝来の狩野派「龍虎図」(16世紀)、重要文化財の狩野興以(こうい)「観音・龍虎図」(17世紀)、滝を登ったコイが龍になる故事にちなんだ富岡鉄斎「六六鱗登龍門図」(1918年)などが一堂に並ぶ。一方、現代の風を吹き込んだ龍図も存在感を放つ。

菅原健彦さん(55)は、俵屋宗達「雲龍図屏風」に着想を得た「雷龍図」(2009年、縦6メートル・横8メートル)を、同館の意向で高さ約5メートルの天井に展示。杉板や金箔、雁(がん)皮紙(ぴし)を素材に、部分的にバーナーで焼くなど独自の技法を駆使した。「天にいてこそ龍。絵が生きてくる。天井画として飾ることができ、新たな発見があった」と菅原さん。

日本芸術院会員の土屋禮一さん(71)は、禅宗の名刹(めいさつ)、瑞龍寺(岐阜市)の床の間絵とふすま絵8面を描いた「瑞龍図」(1998年)を、本堂の一室を再現して展示している。同寺から「画題は自由。墨を基調に描いてほしい」と依頼された土屋さんは、寺の名前にちなみ、龍をモチーフに3年をかけて制作。「古今東西、龍にまつわる資料を集め、勉強した」と土屋さん。「見えない龍は、先人の知恵。神であり、人を戒めたり、時に包み込んでくれる。自然現象では竜巻を思い浮かべるが、実は頬なでる風も龍なのでは。宇宙には大小さまざまな龍が存在する」と語った。

会期は26日まで。問い合わせは同館(電)0293(46)5311

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