《息づく伝統未来へ 伊勢崎銘仙・併用絣》 世界最高峰が評価 途絶えた職人技 “糸”たぐり復活

上毛新聞
2017年5月20日

大胆なデザインと鮮やかな色彩で大正から昭和にかけて一時代を築いた伊勢崎銘仙。洋装化の波とともに生産が減り、職人の高齢化で貴重な技術が失われつつある中、少しずつ状況に変化が起きている。
伊勢崎銘仙の技法の一つで代名詞といわれた「併用絣(がすり)」を市民有志が昨年、かつて生産に携わった職人らに声を掛けて半世紀ぶりに復活させたからだ。英国の博物館から完成した反物の永久保存の打診が寄せられたり、技術を学ぼうと伊勢崎の職人の元を訪れる若者も現れた。
時を同じくして栃木県や埼玉県の銘仙産地が海外で銘仙展を開いたり、銘仙の技術を生かしたファッションを提案するなど、県外でも銘仙に再注目した取り組みが相次いでいる。
半世紀ぶりの復活がもたらした新たな動きと、貴重な技術を未来へ残そうとする市民らの思いを取材した。

類いまれな技法
「世界最高の博物館に認められ、評価してもらえた。『世界に羽ばたけ』の合言葉が現実になる」
半世紀ぶりに復活した伊勢崎銘仙・併用絣(がすり)などを紹介するファッションショーの会場で、ショー実行委員長の杉原みち子さん(69)=伊勢崎市曲輪町=が笑顔で報告した。芸術・デザイン分野で世界最高峰の英国ビクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)に併用絣が永久保管される方向で調整中との説明に会場は驚きに包まれた。
併用絣は型紙を使って経(たて)糸と緯(よこ)糸の両方に多彩な絵柄を先染めし、ずれなく織り合わせて色鮮やかに表現する。同市で独自に発展し、大正から昭和にかけて一世を風靡(ふうび)したが、洋服の普及やウール素材の主流化を背景に本格的な生産は昭和30~40年代に途絶えたとされる。


類いまれな技法を次代に継承しようと、いせさき銘仙の会代表世話人の杉原さんと、会員の金井珠代さん(61)=同市波志江町=が、経糸の密度や張力を整える「整経」、型紙で色を染める「捺染(なっせん)」など分業化された工程ごとに必要な職人や道具を捜し出し、3種類の柄の反物を昨年12月に完成させた。

技術学ぶ決意
復活は地元の若者や職人に刺激を与えた。桜井克真さん(28)=同市田中島町=は整経や捺染などの技術を学ぶ決意を固め、勤務先の会社を辞めた。「かつて美しいものがあったという『終わった物語』と思っていたが、現代でも作ることが不可能ではないと分かった。残すために自分がどう関われるかを考えた」。4月に市観光物産協会職員となり、銘仙の保存や企画展に取り組むいせさき明治館で案内業務を担当している。
桜井さんは県外の大学を卒業後に地元伊勢崎に戻り、明治館で出合った併用絣の「独特の立体感と透明感」に魅了された。復活プロジェクトは当初、「実現は無理だろう」と感じていたが、関係者が奔走して成功させたことに心を動かされた。
休日に整経職人の大山仙八さん(83)=同市安堀町=の仕事場を訪れ、切れた糸の結び方や整経の下準備となる糸繰りなど基礎を学んでいる。「まだ目の前のことをやっているだけだけど繰り返して体にたたき込みたい」と意欲満々だ。

最後のチャンス
大山さんは金井さんからプロジェクトへの協力を要請された時、最初は「いまさら無理」と断ったが、金井さんの説得に応じた。反物が完成すると「1回で終わらせてはもったいない」と意識が変わった。
「糸結びの練習を10回や20回で『やりました』なんて言ったら追い返すつもりだったけどね。一晩で何百回もやるなら文句はないよ」と熱意のある“新弟子”に目を細める。
半世紀ぶりの復活を成し遂げたことで少しずつ周囲の目や意識が変わり始めている。金井さんは「何とかして技術を残し、エッセンスだけでも21世紀の併用絣として未来に伝えたい。今が最後のチャンス」と力を込める。

括り絣や太織 担い手が活躍
併用絣以外にも伝統技術を独自に磨き、物づくりを続けている作り手は存在し、歴史や文化を伝える取り組みも行われている。
「かすり工房さいとう」の斎藤定夫さん(74)=伊勢崎市今泉町=は、糸をテープで括(くく)って染めることで柄を表現する「括(くく)り絣(かすり)」の技法を研究し、紬糸を使った芸術的な絵柄の反物を制作。図案づくりから整経、手織りまでの全工程を指導する教室も開いている。
伊勢崎銘仙の原点とされる「太織(ふとり)」の伝統を生かし、座繰り糸にこだわって織物を作り続けるのは芝崎圭一さん(47)=同市長沼町。15年前に会社を退職し、父の重一さん(78)の跡を継いだ。手織りを担当する妻、美佐子さん(45)と一から技術を習得。年間100反の少量生産ながら座繰り糸が生む着心地の良さが高く評価されている。
市教委は2003年度、小学3年生を対象にした機織り体験学習を開始。伊勢崎織物協同組合も30年以上前から手織り教室を続ける。市観光物産協会は子ども向けの着付け体験会を開いている。

埼玉・秩父、栃木・足利… 海外に魅力発信
銘仙の魅力を発信したり、需要に結び付けようとする取り組みは各地で展開されている。
伊勢崎とともに銘仙の五大産地とされた埼玉県秩父市と栃木県足利市の事業者5社は今年1~2月、銘仙の技術を生かして製作した有名デザイナーの洋服を披露する展覧会を東京都内で開いた。
銘仙の生産が続けられている秩父市では昨年、ユネスコ無形文化遺産に登録された秩父夜祭で銘仙を扱う「絹市」が復活した。生産で使う道具や機械を展示する「ちちぶ銘仙館」は、3年かけて技術を学ぶ後継者育成講座を開いている。
足利市立美術館は昨年、日伊国交樹立150周年を記念してローマで銘仙展を開いた。大森哲也館長は「銘仙の前衛的なデザインは現在も注目され、受け入れられている」と銘仙の需要が拡大する可能性を指摘する。

【記者の視点】正念場の技術継承
併用絣(がすり)の復活プロジェクトを取材した際、生産に携わった職人は技術に誇りを持っていると感じた。生産が途絶えた現在でも国内外で評価され、他の銘仙産地からは一目置かれている。
工程が細かく分業され、職人の高い技術を結集しないと形にならないため、継承が難しいという面はある。洋服が定着し着物の需要が低迷する中、その技術で簡単に生計を立てられる訳でもない。職人の高齢化が進んでおり、手をこまねいていたら技術は途絶えかねない状況だ。
埼玉県秩父市や栃木県足利市は、銘仙に光を当てる取り組みに積極的だ。織物産地で育まれた伝統技術は他都市にない魅力の一つで、伊勢崎市も活用できるはずだ。
市民有志の復活劇で、併用絣が「生きた技術」であることが証明された。技術の伝承を市全体の課題と捉え、官民一体となった取り組みが活性化することに期待したい。(西山健太郎)

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