《三碑の里訪ねて(3)》山名古墳群 鏑川北岸に20基 文化水準の高さ示す  

上毛新聞
2016年11月4日
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むき出しとなった石積みの石室が見る者を古代の世界にいざなう。高崎市山名町の山名古墳群は6~7世紀に築かれた約20基で形成される。ヤマト王権が烏川両岸に築いた直轄地「佐野三家(屯倉)」の創設に関わり、山名地域の発展の礎を築いた集団の墓所とみられている。
古墳群は烏川との合流点に近い鏑川北岸に位置し、大地が大小さまざまに隆起する不思議な風景が見られる。6世紀後半築造の山名伊勢塚古墳を中核として、東側に中・小型円墳と帆立貝式古墳が広がる。伊勢塚古墳は墳丘長約65メートルの大型前方後円墳、周辺では最大規模のため山名地区一帯を支配下においた首長の墓とされる。
高崎市教委の発掘調査により、古墳群の大半から横穴式石室が確認された。現在は埋め戻されているが、山名原口2号古墳では石室を今も見られる。2号古墳では全国的に珍しい歯のある埴輪(はにわ)や装飾品、武具、馬具が発掘されており、この地域の当時の文化的水準の高さがうかがえる。
伊勢塚古墳から約1キロ北西にある7世紀中期に築造された山上古墳は、山名古墳群の次世代の首長墓とされている。傍らにある681年建立の山上碑は古墳の供養碑の性格を持ち、埋葬者とされる黒売が佐野三家を管理した一族だと記されている。
高崎市文化財保護課は「山名と山上の両古墳の一族を直接つなぐ裏付け史料はないが、位置や時代背景からして関わりがあったはず」としている。山上碑につながる歴史を理解する上でも、一体的な見学を勧めている。

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