《消えた鉄道今昔》旧国鉄長野原線 長野原―太子 鉄鉱石輸送に活躍

上毛新聞
2016年7月21日

ㅤ旧国鉄長野原線の長野原駅と旧六合村(現中之条町)の太子(おおし)駅間(5・8キロ)は1971年、長野原―大前間の開通に伴い廃止された。
ㅤ六合村誌によると、群馬鉄山の鉄鉱石を輸送する民間の専用線として、45年に敷設された。勤労奉仕による突貫工事だった。
ㅤ52年に旧国鉄に編入され、54年から旅客営業を開始。途中に駅のない1駅区間で、通称「太子線」と呼ばれた。鉄山の操業中止後は旅客、貨物とも減少し、運転休止となった。
ㅤ長野原線は大前まで開通した際に吾妻線と、長野原駅は91年に長野原草津口駅とそれぞれ改称された。
ㅤ鉄道史学会員の原田雅純さん(66)=高崎市=は、太子駅でディーゼルカーを撮影した。長野原線の起点、渋川駅から48キロを示す標識が立つ。ㅤ構内には複数の線路があり、貨物輸送が盛んだったことがうかがえる。
ㅤ廃線跡は生活道路として利用され、橋梁(きょうりょう)やトンネルも残る。太子駅跡には鉄鉱石を貯蔵し、貨車に積み込むコンクリート製の施設「ホッパー」の一部がまだあり、当時をしのばせる。中之条町は同駅跡の整備を進めている。

 

写真説明:太子駅に停車中のディーゼルカー(1965年、原田雅純さん撮影)

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