上毛電気鉄道 乗客増へ懸命のイベント

上毛新聞
2016年3月10日

県都・前橋の中心街にある上毛電鉄中央前橋駅。午後10時に近づくと、駅員は一人もいなくなる。切符売り場には「駅係員無配置のためそのままご乗車ください」と書かれた看板。入社22年の運転士、秋山英之(40)は2月8日午後10時55分、6人の客を乗せた最終電車を出発させた。終着の大胡駅まで、停車する七つの駅にいずれも駅員はいない。運賃の回収や到着信号の通知―。秋山は運転以外の数多くの業務をこなす。「乗客への接客業も仕事だからね」
上電の経営は厳しい。ピークだった1965年に年間約950万人だった輸送人員は、79年には半減。2014年の実績は15%程度の約150万人まで落ち込んだ。通勤・通学客がいない午前10時から午後2時ごろになると、乗客が一人もいないことも珍しくない。「ふとミラーで車両を見て乗客が誰もいないと張り合いがないな、と感じる」と、秋山は嘆く。
年間約2億5千万円(14年実績)の公的支援を得なければ立ち行かないローカル路線だが、職員らは工夫を凝らした多彩なイベントを打ち出し、盛り上げに懸命だ。
2月上旬、子どもを対象にした運転体験教室が大胡車庫で開かれ、大勢の親子連れでにぎわった。冬の澄み切った空気に警笛が鳴り、子どもの歓声が響いた。「少しずつブレーキをかけてごらん」「ペダルを踏むと汽笛が鳴るよ」。大胡車庫で検修係として働く木暮功(67)は運転操作を子どもたちに説明した。
木暮は入社50年目。運転士、運行管理を担う指令室などさまざまな仕事を経験した。普段は大胡車庫で車両の点検整備に当たる。「自分の仕事だけをやっていたのでは、乗客の減少を食い止められない」と危機感を募らせる。
車内を季節感のある装飾で彩るデコレーショントレイン、レトロな車内で地場産の日本酒を味わう枡酒列車、電車で結婚式を挙げるウエディングトレイン―。「上電に興味をもってもらい、少しでも乗客増につなげようと社員みんなで知恵や力を振り絞っている」。木暮は前を見据える。
小泉渚彩(24)は今年、社内で3人目の女性運転士となった。14年に西桐生駅の嘱託駅員として入社。社長の古沢和秋(64)から声を掛けられ、猛勉強の末、動力車操縦者運転免許の試験に合格した。「安全運転や乗客への優しい対応を心掛け、会社に貢献したい」と目を輝かせる。
午後11時11分、最終電車がゆっくりと大胡駅のホームに入る。毎年社員総出で飾り付けているイルミネーションと名物電車「デハ101」を模したミニチュアが乗客を出迎えた。乗客を見送った後、秋山は「乗客増を狙うイベントが成り立つのは、毎日時間通り、安全に運行している事実があるから」と、念入りに車内と線路を点検する。明日も一日安全に―。そんな願いを込めながら、ヘッドライトを消し、電車を後にした。