「殿様の墓」再生 石材業者 「地域の宝」、無償協力

茨城新聞
2017年11月6日

東日本大震災で被災した行方市麻生の「殿様の墓」が善意の力で再生した。江戸時代、地域を治めた麻生藩・新庄氏の菩提(ぼだい)寺の海了寺。費用が莫大なため6年間、無残な姿をさらしていると伝えた本紙記事を読んだ石材業者が「地域の宝」と無償で修復した。

取り組んだのは、鹿嶋市宮中の「笹本石材」(笹本辰男社長)。震災で崩れた墓石の記事と写真(3月7日付)を見た会長の勝己さん(76)が「地元のお寺と地域のため」と無償での修復を即決した。長男で専務の高男さん(50)が指揮し、被災状況を入念に調査、着工した。

麻生藩は、近江地方出身で豊臣秀吉に仕えた摂津高槻城主の新庄直頼が初代藩主で、約3万3千石の領地を与えられた。3代藩主の直好が1657年、同寺を創建。境内には、4代直時をはじめ、藩士やその家族らの墓、五輪塔、灯籠などが並び、うち12基が震災で倒壊した。

いずれの石も巨大。修復には莫大な費用がかかることから、約6年間、やむなく、そのままの姿となっていた。

「墓は文化財クラスの歴史あるもの。修復するにしても、元の姿を変えたくなかった」(高男さん)。再び大きな地震に見舞われても崩れないよう、重機を駆使して基礎部分から立て直した。一方で、石のつなぎ目などが目立たないよう繊細な作業を重ねた。約2週間かけ、堂々とした風格を取り戻した。

一方、崩れたままであることをインターネットなどを通じて知った県外の人からも同寺に寄付金が寄せられたという。今後、境内に復興記念碑を建てる予定でいる。

無償での修復をはじめ、寄付金について、松本文雄住職(57)は「なかなかできることではない」と感謝する。静寂の中に墓石などが整然と並ぶ光景を前に「以前にも増して多くの人に見てもらい、歴史の重みとともに、人の善意を感じてほしい」と話している。

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