《井伊氏と高崎安中(3)》高崎城 中山道の要所守る

上毛新聞
2017年2月18日

県内唯一の城郭建築物で、県重要文化財にも指定されている高崎城址(し)・乾櫓(いぬいやぐら)は群馬音楽センターそばに位置する。乾櫓とは高崎城本丸の北西、戌亥(いぬい)の方角にあった櫓のことで、昭和後期に現在の地に移築・復元された。白しっくいで仕上げられた外壁に腰屋根をめぐらせ、本瓦ぶき入り母屋造りの屋根を乗せた2階建て。古木が茂る土塁の脇にたたずむ姿に往時の面影が残されている。
高崎城の築城は1598年。徳川四天王の1人と称される井伊直政が、徳川家康に中山道の要所となる和田の地(現高崎市)に大規模な城を築くよう命じられ、居城を箕輪から移したことに始まる。
城の西側は自然の要害となる烏川が接し、残る三方は土塁と堀で固められた。古代中国の兵法家、孫子の理論に従って本丸、二の丸、三の丸が配置されたこともあり、堅守の城として知られる。
1600年の関ケ原の戦いにより直政が彦根に移ってからは藩主が目まぐるしく代わるが、幕政が安定し始めた1619年に安藤重信が藩主となり、その後、安藤氏が3代にわたって藩政に当たった。
高崎藩士の子孫で高崎市史の会理事の堤克政さん(73)=同市柳川町=は「直政は初代高崎城主として現在の高崎の基礎となる町割りを定め、発展の礎をつくった。交流の拠点としてこの地が栄えていく未来を、直政は見据えていたのではないか」と話している。

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