鹿嶋の旧跡 「100基の庚申塔」復旧

茨城新聞
2017年1月28日

東日本大震災で倒壊した鹿嶋市明石の旧跡「100基の庚申(こうしん)塔」の復旧が市民団体やボランティアたちの手作業で行われ、かつての姿を取り戻した。作業はまち歩きイベントを運営している「鹿嶋神の道運営委員会」代表の西岡邦彦さん(74)が音頭を取り、市の協力も得て実現。市民の力で復旧を果たし、参加者は地域の歴史的な遺産の保全や継承に誓いを新たにした。

100基の庚申塔は、同市明石の鹿嶋灯台近くの雑木林にひっそりとある。「庚申」の二文字が彫られた石90基、青面(しょうめん)金剛10基が現存し「これだけそろうのは珍しい」(市教委)。明石地区の波野まちづくりセンター発行「波野の寶(たから)」では「稲荷神社の近くにあったものを、昭和40年、稲荷神社がなくなると同時に、現在の峯山に移し奉祀(ほうし)安置された」などと紹介している。

同会によると、庚申塔は東日本大震災の揺れで倒壊したまま放置され、雑草などに覆われていた。今回、同会が新たなウオーキングコースのルートを整備する中、庚申塔を見どころの一つにしようと、ボランティアを募り市教委の支援を得て復旧を行った。

作業は16日と23日の2日間、それぞれ約20人のボランティアが集まった。初日は草刈りや倒れた庚申塔の設置場所を整地。2日目は人力で庚申塔を起こして台座に載せたり、石と石の隙間をモルタルで埋め固定した。市教委によると、「庚申」の石は高さ48~54センチ、青面金剛は高さ93~100センチ。倒壊前と同様に、太平洋を望む方向へコの字形に配置した。

同会の西岡さんは「業者に頼むより市民の一体感、手作り感が出てよかった。立派によみがえり感慨無量。鹿嶋の宝として大事にしてほしい」と話した。ウオーキングコースの見どころとして、庚申塔を紹介した案内板を設置予定だ。市教委は「名所の一つになる」とし、文化遺産としてどう位置付けられるか調査・研究を進める。 

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