献本を受け萩原朔太郎が礼状 群馬・前橋文学館、俳人の医師宛て書簡を新たに収蔵 年内にも一般公開へ

前橋文学館(群馬県前橋市千代田町)は、市出身の詩人、萩原朔太郎(1886~1942年)が、医師で俳人の下島勲(1869~1947年)に宛てた直筆の書簡を含む資料2点を新たに収蔵した。芥川龍之介(1892~1927年)の最期を看取ったことでも知られる下島への書簡を、前橋文学館が収蔵するのは初めて。多才な下島を慕う朔太郎の人柄や、親交のあった文化人との関係性が垣間見える。
収蔵したのはいずれも朔太郎にまつわる資料を まとめた「萩原朔太郎全集」(筑摩書房刊)未収録の資料2点。下島が出した句集「薇(ぜんまい)」に関わっている。
具体的には▷献本を受けた朔太郎が下島に宛て1940年5月に出した礼状▷1940年6月に東京・銀座であった出版記念の宴で書かれた朔太郎や詩人、室生犀星(1889~1962年)ら9人の寄せ書き―だ。寄せ書きは軸装してあった。
朔太郎は1925年4月、仲の良かった犀星が住んでいた東京・田端へ引っ越しおよそ8カ月間住んだ。同じく田端で医院を開いていた下島とは、この時に親しくなったものとみられる。
礼状は原稿用紙にペンで書いたもの。「故芥川君の追憶を初め、堀辰雄、室生犀星らの友人に関する句多々あり之わけてなつかしく存じました」といった記載がある。句集内の好みの7句を挙げ、後書きで犀星が出した句と一つも同じ句がない驚きなどをしたためている。
寄せ書きは、朔太郎が「空谷(下島の雅号)先生の会にて」と書いた他、犀星は「雪ふるといひしはかりの人しつか」と旧作を添えた。朔太郎の妹、愛子と結婚した詩人で、「六甲おろし」の作詞者としても知られる佐藤惣之助は即興の句を書いている。
2点を寄贈したのは下島の弟の孫に当たる須藤和恵さん(前橋市大手町)。実家(前橋市勝沢町)を整理すると、押し入れの奥から良好な保存状態で見付けた。須藤さんは研究での活用を望んでいるという。
朔太郎の孫で前橋文学館特別館長の萩原朔美さんは、礼状が原稿用紙2枚にわたっていることに触れ「これだけたくさんの分量を書いている。2人の関係性を知る一端になる」と喜んだ。
年内にも一般に公開できるよう準備を進める。
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