群馬・前橋文学館「朔太郎の危険な散歩」展 街の風景、創作の関係性 前橋と東京2部構成 詩やエッセー、直筆原稿も

執筆以外のほとんどの時間を散歩に費やしていたという群馬県前橋市出身の詩人、萩原朔太郎(1886~1942年)。散歩を通して何を見、何を感じ、何を考えたのか―。朔太郎が暮らした前橋と東京での遊歩空間を再構築しながら、散歩と創作の関係を探る生誕140周年記念展「ふらふらふらぬ~る 朔太郎の危険な散歩」が同市の前橋文学館で開かれている。9月6日まで。
〈退屈の焦燥から、私は一刻も家に居られず、狂人のやうに苛々して、毎日戸外を馳け廻つて居た。(中略)小さな狭い田舎町を、一日の中に三回も歩き廻つた。〉〈私の場合は瞑想に耽り続けてゐるのであるから、かりに言葉があつたら「瞑歩」といふ字を使ひたいと思ふのである〉。
散歩を習慣にしていた朔太郎はエッセーでこうつづった。実際、散歩中に娘が声をかけても気付かないような歩き方だったという。
散歩と創作の関係は―。朔太郎が敬愛した19世紀フランスの詩人、ボードレールは近代都市として華やいだパリを当てもなく歩き回る「遊歩者(フラヌール)」という概念を生み出した。歴史を振り返れば古代ギリシャの哲学者、アリストテレスは学園内を歩き回る「逍遥学派」と呼ばれた。
朔太郎の孫で映像作家でもある同館の萩原朔美特別館長は「散歩は手段ではなく目的。(朔太郎にとって)散歩が全ての作品を書かせたと言ってもいいくらいだろう」と語る。朔太郎のエッセーや詩には散歩自体を取り上げたものや散歩で目にした街の風景を題材にしたものが多く残る。
展示は55年の生涯のうち約40年を過ごした郷里の「前橋編」と、晩年を過ごした「東京編」に分けて構成。関連する詩やエッセーを直筆原稿と合わせて展示し、それぞれの場所で朔太郎が歩いた風景を描き出す。
前橋では前橋刑務所や大渡橋、敷島公園などを歩き「郷土望景詩」に収録した。会場には朔太郎自身が撮影した市内の写真も飾られ、当時の様子に思いをはせることができる。
一方、東京での散歩は都市との出合いだった。第6詩集「氷島」では朔太郎自身を連想させる語り手が地下鉄やカフェ、遊園地、デパートの屋上など都会を象徴する場所をさまよう。
萩原特別館長は「歩くことは街を読書すること。街を知ることは自分を知ることにつながる。ぜひ展示を見て、散歩に繰り出してほしい」と話す。
午前9時~午後5時(入館は同4時半)。水曜休館。一般700円、高校生以下無料。7月18日に前橋出身のエッセイスト、中山庸子さんによる講演会が開かれる。8月1日には散歩に持っていきたいオリジナルバッグを作るワークショップもある。問い合わせは同館(☎027-235-8011)へ。
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