《世界遺産登録から3年 富岡製糸場の集客作戦》見どころ充実に活路 外国人増見込みガイドの力磨く
「広大な敷地に古い建物が多く残っていて感動した。西置繭所の工事が終わったらまた見に来たい」
富岡製糸場に今月初めて訪れたという長野市の会社員、森山治勇さん(58)は興奮気味に話した。国宝の西置繭所の保存修理工事は、産業遺産としては国内で前例のない規模。2020年3月までに完成する予定で、減少傾向にある来場者を呼び戻す起爆剤になればと期待がかかる。
ピークの6割
14年6月に世界文化遺産登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の16年度の来場者数は、前年度比30・4%減の約85万人だった。中核資産の富岡製糸場は30・1%減の80万230人。登録ブームで約133万人が訪れた14年度の6割の水準だ。
世界に誇る本県の富岡製糸場を大勢の観光客に気持ちよく見てもらおうと、管理する富岡市はさまざまな対策を講じてきた。登録直後に多くの来場者から「見どころが少なく、トイレが不便」と苦情が寄せられたことを踏まえ、中庭に1カ所しかなかったトイレを増設。昨年9月までに繰糸所や東置繭所周辺に障害者対応のトイレを整備した。
見どころも昨年中に大幅に増やした。1月に西繭置所の保存修理工事の様子と、国重要文化財の巨大な鉄水槽、国宝の東置繭所2階を見学できるようにした。5月に診療所や工女の寄宿舎の内部を外からのぞけるように窓を改修し、12月には蒸気機関「ブリュナエンジン」の復元機の公開を西置繭所前で始めた。
スマートグラス(眼鏡型端末)をかけると、明治期の製糸場の内部や外観がCG映像で浮かび上がる装置を導入。創業当初を仮想体験できるツアーとして、昨春から団体客を対象に予約制で行っている。旅行会社の担当者は「仮想映像は解説員を補い、製糸場のリアリティーを感じるのに有効。うまくPRすれば予約は増える」と話す。
3資産も対策
来場者が前年度から3~4割減った他の3資産も、対策に取り組んでいる。伊勢崎市の田島弥平旧宅は外観しか見学できなかったが、今月から第3日曜限定で母屋1階の「上段の間」を特別公開している=写真。旧宅近くにある、弥平考案の換気用やぐらが残る江戸末期の養蚕家屋も公開され、住民有志の「島村蚕のふるさと会」がやぐらや蚕室の説明に当たる。
藤岡市の高山社跡では18年の完成を目指して江戸期の長屋門を修復工事中。下仁田町の荒船風穴は遺産保護と眺望の改善のため周辺の樹木約20本を伐採し、近年の調査研究の成果を盛り込んだパンフレットを製作した。
街頭に多言語標識
外国人客は右肩上がりで増えている。16年度に製糸場を訪れたのは前年度の1・5倍の約4400人。20年東京五輪に向け、さらなる増加が見込まれている。
こうした状況を踏まえ、富岡市は場内を英語で案内しながら回る解説員の研修を昨年初めて実施し、5人が合格した。製糸場と観光物産館「お富ちゃん家」に設置したテレビ電話で通訳サービスを始め、街頭に多言語の標識を設置。製糸場内では公衆無線LANサービス「Wi―Fi(ワイファイ)」の利用範囲を広げる。
世界文化遺産登録直前から上州富岡駅周辺のガイドをボランティアで行っている「富岡まちなかガイドの会」(市川武男会長、31人)は、外国人への対応力を高めようと、会員向けの英会話教室を今月始めた。副会長の黒沢壮子さん(72)=富岡市富岡=は「外国人もおもてなしの心で迎え、大好きな富岡をもっと元気にしたい」と話している。
平泉、石見も来場者減る
世界文化遺産登録を機に観光地として知名度を上げた石見銀山遺跡(島根、2007年登録)や平泉(岩手、11年登録)は、富岡製糸場と同様に来場者数が落ち込んだ。
石見の昨年の来場者は31万人で、登録前の40万人を割り込んだ。「団体客が減り個人中心となったのが要因」という。7月から銀を採掘した坑道の見学範囲を拡大するなどし客足の回復を図る。
平泉はここ数年、200万人前後で推移。誘客のために無量光院跡の庭園を一部復元するなど見どころを追加した。
倉庫群にカフェ
富岡製糸場の来場者が街中の散策を楽しみながら、本県の絹産業を学べるようにと、製糸場周辺の施設整備が本格的に始まる。
上州富岡駅前にある歴史的倉庫群「富岡倉庫」=写真=を建築家の隈研吾さんの協力を得て改装し、カフェやレストランなど交流拠点を設けるほか、本県の絹文化の総合ガイダンス施設、世界遺産センター(仮称)を来年度中に開設する。自動繰糸機の動態展示も視野に入れている。
このほか、空き地にくつろげるミニ公園を新設したり、旧韮塚直次郎製糸場跡を見学できるようにすることも検討されている。
にぎわいを創出するため、製糸場周辺でミニコンサートや郷土料理を楽しめるイベントを官民一体となって実施する計画だ。
富岡市まちなか拠点整備室は「まちの魅力を高めることで、製糸場来場者の滞在時間を延ばしたい」としている。
富岡商店街連合会の堀口良一会長(67)は「街中の整備には大いに期待している。だけど、来訪者に『富岡はいいまち』と感じてもらう最前線は店頭。おもてなしの心で対応していきたい」と話している。
【記者の視点】高い潜在力生かせ
「ずっと集客力があるのは、富岡らしさが感じられるまちではないか」。富岡製糸場を核としたまちづくりを進める富岡市職員の言葉が耳に残る。
3年後に西置繭所の保存整備が終われば、国宝の建物の中でコンサートを楽しんだり、くつろいだりできるようになる。さらに富岡倉庫など中心街も整備され、観光客の滞在時間は確実に長くなるだろう。
製糸場周辺には代々続く商店、昭和を連想させる街並みが残る。首都圏に近い立地条件にも恵まれ、潜在的な誘客力は高いといえる。来訪者アンケートでも、「思ったよりもいいまちだ」といった意見が寄せられているという。
世界遺産というブランド力を生かし、行政と民間が連携して製糸場を後世に着実に引き継ぎ、まちづくりを進めてほしい。それが富岡の持続的な発展につながるはずだ。(紋谷貴史)
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