《東日本大震災15年》武山芸術、災害への思い新た 2度損傷危機、奇跡の「杉戸絵」 茨城県近代美術館で公開

茨城新聞
2026年3月17日

歴史や花鳥画など幅広い分野で名作を残した茨城県笠間市出身の日本画家、木村武山(1876~1942年)。代表作の一つで、松や富士を描いた「杉戸絵」25枚が同県水戸市千波町の県近代美術館で公開されている。茨城県出身者が建てた兵庫県神戸市の邸宅に飾られ、阪神淡路大震災(95年)では奇跡的に損傷を免れた。同館は「東日本大震災15年の節目として展示に至った。武山芸術を通して、災害への思いを新たにしていただけたら」と話している。公開は4月5日まで。
杉戸絵は茨城県行方市出身の実業家・政治家、内田信也(1880~1971年)が1919年ごろ、神戸市須磨区の敷地約1万7000平方メートルに書院造りの邸宅を建てる際、交流のあった武山に建物を飾る間仕切りとして描かせたとされる。

「須磨御殿」とも呼ばれた内田邸は、阪神淡路大震災で被害を受け解体されたが、杉戸絵は損傷を免れ広島県内に移された。紆余(うよ)曲折を経て、2001年に同県内の所有者から同館に「須磨御殿」の杉戸絵全25枚が寄託された。

今回展示されているのは、「松図」が8面、「富岳図」が4面、「紅梅図」が2面、「四季草花図」が22面。杉戸絵25枚のうち19枚は両面に描かれている。

花鳥は武山が得意とした題材の一つで、杉戸絵の制作は40代前半の最も脂の乗った時期に行われた。杉板という木目の存在が残る特殊な部材にもかかわらず、武山の優れた色彩感覚と確かな筆致により、生き生きとした草花の生命感が表現されている。

武山に制作を依頼した内田は、船舶事業で財を成し、政治家としても活躍。旧制水戸高等学校の設立(1920年)に、当時100万円という巨額の寄付で貢献したことでも知られる。杉戸絵の展示は、茨城県出身の2人が、時代を経て古里で交わる形となった。

これまでも杉戸絵は同館で何度か公開され、今回は県天心記念五浦美術館(同県北茨城市)「生誕150年記念 木村武山展」の関連企画に位置付けられた。

県近代美術館の井野功一美術課長は、杉戸絵が東日本大震災時に同館収蔵庫で激しい揺れに襲われたことに触れ、「武山芸術の粋が詰まった杉戸絵は2度の損傷の危機をくぐり抜けた。展示を通じ、自然災害への思いを新たにしてもらえれば」と話している。

月曜休館。問い合わせは同館(電)029(243)5111。