《井伊氏と高崎安中(1)》箕輪城 城門に12万石の誇り

上毛新聞
2017年2月15日

戦国末期に箕輪城主となった井伊氏は、現在の高崎、安中の都市基盤を整備したことで知られる。NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で注目される井伊氏が県内に残した足跡を追った。

豊臣秀吉による北条攻めで功績を挙げた井伊直政(1561~1602年)。1590年に徳川家臣団最高の12万石で入城したのが箕輪城(高崎市箕郷町)だ。
箕輪城は榛名山東南麓の丘陵に建てられ、面積は約36ヘクタール。西に榛名白川が流れ、南に湿地帯が広がる地形を利用した平山城で、2006年に日本百名城の一つに選ばれた。2011年度から市による保存整備事業が進められている。
現在の城跡の姿は、大規模改築を進めた直政の時代のものとされている。昨年11月に完成した郭馬出西虎口(かくうまだしにしこぐち)門は、戦国時代の関東地方の城郭で、規模が確認される中では最大級の城門という。
城跡でボランティアガイドを続ける箕輪城語り部の会の岡田豊治会長(79)は「門は城の顔。直政が立派な門を造ったのは12万石の誇りを示したかったためではないか」と推測する。
箕輪城の歴史は1500年ごろ、長野氏によって築かれたことが始まりという。4代にわたって守り抜かれたが、66年に武田信玄の侵攻によって落城。82年に織田信長が武田氏を滅ぼすと、信長の重臣、滝川一益が入城した。信長が討たれた本能寺の変の後には北条氏邦が城主となった。
秀吉による天下統一が果たされた90年、ふるさとの東海地方から見知らぬ上野の地に赴いた直政。軍事戦略上の要衝を任され、新天地でまちづくりに尽力したが、98年に新たな拠点を高崎に移したため、1世紀にわたる箕輪城の激動の歴史は幕を閉じることになる。

 

【写真】昨年11月に復元された郭馬出西虎口門

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