島崎藤村、柳田国男、国木田独歩… 田山花袋と3人の交友に迫る企画展 田山花袋記念文学館(群馬・館林市)

群馬県館林市出身の小説家、田山花袋は数多くの文人らと交流があったが、中でも島崎藤村、柳田国男、国木田独歩と親交が深かった。田山花袋記念文学館(館林市)は4月5日まで、企画展「クローズアップ!花袋と三人の友人」を開催。3人が花袋に宛てた手紙など62点を展示し、互いに寄り添い、切磋琢磨(せっさたくま)しながら友情を深めた関係性に迫る。
花袋と同世代で、終生の友であり良きライバルだった藤村。花袋は「蒲団」、藤村は「破戒」を発表し、共に自然主義文学をけん引した。
2人は洋書などを貸し借りしており、書籍が届いたことに対する藤村からの礼状のほか、藤村が花袋に宛てて入院中の幼い長女の容体や その後亡くなったことを知らせたはがきが展示されている。
めいとのスキャンダラスな関係や娘の死などで悩んでいた藤村が渡仏する際に花袋が資金援助したことや、花袋の死後、藤村が戒名をつけ、墓石の字も筆をとったことをパネルで紹介している。
「遠野物語」で知られる柳田国男と花袋は、国男が16歳、花袋が20歳の時に歌塾で出会った。交友は、花袋が没するまで約40年間続き、葬儀では国男が友人総代を務めた。
国男は自身の恋について花袋に書簡を送り、花袋は国男から聞いた話を基に「かた帆」「野の花」といった作品を書いた。
会場には、国男が花袋の長男の名付け親になったことを示す書簡を陳列。「先蔵」という名を易経から見いだしたことや、徳川時代の多くの人に「蔵」の字が用いられているため、などと記されている。
同い年の独歩とは、20代半ばの花袋が独歩宅を訪ね、文学談議で意気投合したのが交流の始まりだった。原稿を書くため合宿したことや、結核を患い36歳で亡くなった独歩の葬儀で花袋が弔辞を読み、墓石の字も書くなどしたエピソードがパネルにある。
亡くなる数カ月前に独歩が入院先から花袋に宛てたはがきには、体が綿のように弱ってしまったとある。はがきには水滴をこぼしたような箇所があり、田山花袋記念文学館は「理由は分からない」としているが、「病床を何度も見舞った花袋の涙だったかも」と想像しながら見学する人もいる。花袋が送った見舞金に対する独歩の妻からの流麗な文字の礼状も見る人を引きつけている。
展示担当の塚原未来さんは「限られた書面の中で吟味された言葉や文字の大きさ、勢いなど、それぞれの筆致の違いを見比べ、便りから感じられる人となりを想像してほしい」と呼びかける。
午前9時~午後5時。23日を除く月曜と24日は休館。一般220円、中学生以下無料。問い合わせは田山花袋記念文学館(☎0276-74-5100)へ。
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