駿府城警備の様子解説 本堂家家臣の日常紹介 茨城・かすみがうら市博物館

茨城新聞
2024年1月4日

常陸国志筑(現茨城県かすみがうら市)を治めた本堂家が江戸時代に担った駿府城(静岡県静岡市)の警備役「駿府加番」を解説する企画展「交代寄合 本堂親道の駿府加番」が、かすみがうら市坂の市歴史博物館で開かれている。徳川家康ゆかりの城を守る任務や、現地での家臣の日常を知ることができる。3月10日まで。

参勤交代を許された「交代寄合」の旗本として、大名に準じた家格だった本堂家は、9代親道が弘化4(1847)年~嘉永元(48)年の1年間、駿府加番に任じられた。駿府城は大坂城や京都二条城と並ぶ江戸幕府直轄の城で、城代が置かれ、加番は城外の警備に当たった。

親道は3家が務めた加番のうち「駿府二加番」を担当。9月の赴任前には、3家合同であいさつ回りや打ち合わせに奔走するなど準備に追われた。

今回、本堂家家臣の横手亘義質が残した資料が子孫宅から発見され、準備や任務の様子が初めて判明。横手は、家老・横手家の分家として親道に従い、駿河地域の歴史や加番の記録、城下町絵図などを書写していた。勤務の傍ら、石川五右衛門などを描いた当時の歴史小説も写した。横手は明治時代に吉川重松と改名し、校長や村長など地元の名士として活躍した。

千葉隆司館長は「1度しか回ってこない誉れとなる務めだった」と解説。他家との交流を経験したことで、外国勢力への備えなどで幕末に向けて軍備を増強していく契機になった可能性もあると推測する。

NHK大河ドラマ「どうする家康」で描かれた幕府の開祖・家康ゆかりの城に関する職務だっただけに、千葉館長は「静岡と本市の関係に興味を持ってもらい、観光交流にもつながれば」と期待する。

月曜日休館。入館料は一般220円、小中学生110円。2月4日には、千葉館長の記念講演会を予定している。