《北毛発 生かせ真田丸(中)》“忍者体験”で誘客 地域の人材発掘も 

上毛新聞
2015年12月25日

「岩櫃城忍びの乱」実行委員長 斎藤 貴史さん(43) 東吾妻町原町

沼田城とともに、真田氏の拠点となった岩櫃(いわびつ)城(東吾妻町)。周辺では急峻(きゅうしゅん)な地形を生かして忍びが修行をしていたとも伝えられている。伝説をヒントに始まった複合型イベント「岩櫃城忍びの乱」の斎藤貴史実行委員長は、地元に残る観光資源を生かした誘客策に力を入れる。
―「忍びの乱」は秋の定番となった。
昨年が初めてで、手探りだったが多くの人が真田氏と岩櫃の関係を知るきっかけにはなったと思う。イベントを通じて人的ネットワークが広がったのが大きい。地域史研究者、山歩きガイドから刀職人、衣装作りのプロまで、地域にいる幅広い分野の人材を発掘することができた。
―始めた経緯は。
単発ではなく、ある程度の期間、継続性、テーマを持ったものをやりたいと思っていた。(隣接する)中之条のビエンナーレが刺激になった面もある。東吾妻でも、人が来てくれる仕掛けを何かやりたいという思いは持っていた。動き始めたのは大河決定の発表前だったが、結果的に「真田丸」がいい追い風になった。
―子どもたちの参加も多かった。
アスレチックを活用した「忍者修行ワールド」などの体験型を取り入れたのが大きい。忍びの言い伝えは数多く残っている。地域の歴史に基づきつつ、どうやったら楽しんでもらえるか考えた。鉄砲隊や太鼓演奏、染め物ワークショップなどに加え、今年は地元ラーメン店が「江戸の名店」を迎え撃つ食べ比べにも取り組み、幅広い世代の誘客を図った。
―来年の抱負を。
この1年で真田、岩櫃、忍者など、地元で意識されなかった“眠れる資源”の認知度が上がったと思う。忍者姿で地域のイベントに参加しても、違和感なく受け入れられるようになったと感じている。課題はおもてなしの意識を多くの人たちと共有して広げていくこと。訪れた人たちに東吾妻の魅力を持ち帰ってもらうにはどうしたらいいか、あらためて考えたい。
【岩櫃城】地元の豪族、斉藤憲広の本城だった山城。1563年に武田信玄の家臣・真田幸隆によって攻め落とされた。上田と沼田を結ぶ中間地点で、真田氏の北毛における拠点として重要な役割を果たしてきたが、1615年の一国一城令に伴い破却された。

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