庶民に人気博した鯰絵 茨城県立歴史館で企画展 6月7日まで

茨城新聞
2020年5月24日

 江戸時代末期、首都を見舞った安政江戸地震の際、庶民に人気を博した「鯰絵(なまずえ)」が6月7日まで、水戸市緑町の県立歴史館の企画展でまとまって紹介されている。家も職も失う災難に遭いながらも「禍福はあざなえる縄」と短期間に発想転換した当時の人々の知恵と活力がうかがえ、企画した同館の担当者は「新型コロナウイルスの災いをどう受け止めていくかを考える上で参考になる点もある」と話す。
 
 展示された鯰絵は計27点。鹿島神宮の宝物を紹介する企画展「鹿島神宮の宝」(全4章)の中で、江戸の庶民の鹿島信仰をしのばせるコーナーとして1章が割かれている。各点の刊行順は明確でないが、描かれた内容の変化から想像して並べているのが特徴だ。
 
 安政江戸地震は、幕末期の1855(安政2)年11月11日に発生。推定死者数は1万人を超えた。発災直後から、瓦版とともに、鯰を主人公とし、鹿島大明神(鹿島神宮の神様、武甕槌神(たけみかづちのかみ))などが登場する詞書(ことばがき)入りの多色刷り版画の鯰絵が市中に出回り、庶民の人気を博したという。
 
 展示では、地震発生直後から時間の経過とともに、鯰に対する捉え方が変化していくのが分かる。
 
 発災直後は、鯰は完全な悪者に描かれている。鹿島大明神が自分の留守中の乱行を激怒、鯰が平謝りする場面がある。死者の幽霊も鯰を恨んでいる。ところが復興が緒に就き始めると、大工や飯屋などが逆に繁盛し、鯰に感謝する人たちの絵柄も。さらに鯰が大金持ちの背中をさすって金を吐き出させ、庶民が喜んで拾っている場面の絵もあり、災害が不公平な社会を是正し、経済を好転させる契機となったと肯定的に捉えるようになった。
 
 鯰絵は当局の許可を得ない出版物で、2カ月で発行禁止になったが、その間、実に300種類以上が出回った。
 
 企画を担当した大津忠男同館学芸課長は「鯰絵を紹介したのは、江戸の庶民にとっての鹿島の神様のイメージが一番よく分かるから」と話す。その上で「災害でひどい目に遭っても、考え方次第でパワーに変えることができる。鯰絵から江戸の庶民のパワーを感じ取ることができる。新型コロナウイルスの問題は決してありがたくないが、それをどう捉えるか、考え方によって生き方が違ってくるということもあるのではないか」と話す。

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