《まち歩き・里歩き》スタート 東部スポーツ広場公園(玉村町小泉) 水運の栄枯しのぶ

上毛新聞
2015年10月30日

高崎市倉賀野町と栃木県日光市をつなぐ旧日光例幣使道で、唯一関所があったのが玉村町五料。1616(元和2)年、関所は利根川の渡し場に置かれ、五料周辺の地域はかつて水運業で栄えた。川とともに刻んだ歴史に思いをはせながら散策に出掛けた。

利根川右岸の東部スポーツ広場公園を出発点に選んだ。広いグラウンドや遊具がある町民の憩いの場。ベビーカーを押した母親が散歩し、隣のサイクリングロードは自転車が軽快に走っている。川を背に住宅街へ歩き出した。
100メートル以上はあろうか。細く長い参道の向こうに火雷神社はあった。名前の通り雷をまつっている。通り掛かった近所の男性が、13日間にわたって、しめ縄を張り、参拝を禁じる「麦蒔(むぎまき)御神事」のことを教えてくれた。862(貞観4)年から伝わるというから驚く。
住宅街を南に向かうと、ひときわ重厚な表門と長い塀が目を引く古民家があった。江戸時代から続く医家で国登録有形文化財「重田家住宅」。昔は「門をくぐるだけで病気が治る」と言われたという。普段は非公開なので、門の外から眺めるだけだが、少し離れて見ると、大きさが分かる。
オープンガーデンとして庭を公開している松本俊子さん(68)の自宅を訪ねた。10年前から植えているバラは現在約100種類。「これから咲く種類もある。11月上旬まで楽しめる」と松本さん。
車が往来する旧日光例幣使道を渡り、土手の手前に関所跡を見つけた。例幣使道の通行と舟運を取り締まり、特に江戸に向かう船は鉄砲や鉛、硫黄といった禁制品が積まれていないか厳しく調べたという。今は門柱の礎石と古井戸が残されているだけだが、人々や船が行き交う往時の活況が脳裏に浮かんできた。
そこから2、3分で周囲約400メートルの「帳場の石垣」に着いた。江戸時代に河岸問屋を営んだ高橋家が明治時代に築いたとされる。石垣の中は1ヘクタールの畑で、子孫の高橋重剛さん(73)=渋川市、写真=が作業をしていた。
なぜ大きな石垣を造ったのか―。「鉄道の開通で仕事がなくなった船頭を救うためだった。利根川の底から引き上げた石を1個いくらという風に買い取り造った」と説明してくれた。

1884(明治17)年の高崎線開通で水運業は急速に衰退、船頭は河川工事の石を運んで生計を立てたという歴史を物語る遺跡だった。
ほっと懐かしさを感じさせ、映画のロケ地にもなりそうな雰囲気のいい場所に出合えた。まだ歩ける人は五料橋を渡るといい。五料宿の次の宿場、柴宿(伊勢崎市)はもうすぐだ。
(伊勢崎支局 須藤拓生)

【コースの特徴】
平たんな5キロ。重田家住宅周辺は住宅地のため、初めての人は地図で事前の確認を。

【寄り道したら】岩舟 豚丼セットが人気
五料橋の西側、旧日光例幣使道沿いに1971年創業のそ ば店「岩舟」がある。自家製そ ばのほか、丼類も充実しており、古くか らの常連客に愛されている。
店主の岩田寛治さん(72)と妻の明美さん(64)が切り盛りする。紙のメニュー表はなく、料理は全て壁に掛かった札に書かれている。もり・かけそばが創業時90円から現在400円になるなど、値段が変わったぐらいで、メニューは44年間ほぼ変わっていない。
そば汁は、甘みのある優しい味わい。人気の豚丼セット(800円)は、甘辛い豚丼にそばが付く=写真。まろやかな中にもピリっと辛みの効いたカレーうどん(600円)も人気があり、「激辛」まで辛さのリクエストに応える。
午前11時~午後1時半。水曜定休。問い合わせは(☎0270・65・3412)へ。

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