運搬路は草津道 高崎・観音塚古墳 石室の天井石 県埋文・右島さんら調査 あすから企画展 

上毛新聞
2015年10月14日

県埋蔵文化財調査事業団理事の右島和夫さんと高崎市観音塚考古資料館は、同市八幡町の観音塚古墳(6世紀末ごろ)の石室に使われた約60トンの天井石の運搬ルートを共同で調査し、中山道の脇街道の草津道(信州街道)が有力であることを突き止めた。10日に始まる同館企画展「巨石の来た道」で発表する。

観音塚古墳の横穴式石室は壁石、天井石とも巨石を使用。二つからなる玄室天井石の奥のものは全国最大級の約60トンと推定される。 調査によると、運搬ルートは同市上里見地区から古墳まで約11キロ。このうち古墳近くの八幡霊園西側までの約10キロが国道406号の前身に当たる草津道で、現在は烏川や国道に沿った市道や県道になっている。大半が緩やかに東へ下る地形で、ある程度の広い平たん地もあり、巨石搬入には好条件という。
右島さんは同市教委の文化財調査などで石室の基礎調査に参加、20年以上にわたる研究で観音塚古墳の石は同地区の烏川右岸のものと推測していた。4年前に同館の大冢義樹館長、学芸員の小駕(こかご)雅美さんと運搬ルートの共同調査を開始。何度もフィールドワークや分析、検討を重ね、巨石の出どころは同地区の烏川流域、湯殿山の東側と結論付けた。
市建設部長を務め、土木が専門の大冢館長は「古墳近くの若田浄水場が緩やかな勾配を利用し、烏川の水を引くルートとも重なり、草津道と考えるのは理にかなう」と話す。
右島さんは「あえて巨石を使ったのは古墳造営地まで多くの人が携わり、多くの人が見物するための演出」と説明。ルート上の2カ所の“難所”も「運搬作業上のクライマックスだったのではないか」と指摘している。
同館は運搬に使われたと考えられるそり状の道具「修羅(しゅら)」を職員の手作りで復元。長さ約3メートルのミニ版で巨石は運べないが、11月28日に行う子ども向けの修羅引き体験で約1トンの石を実際に運んでもらう。同3日に巨石ルートをたどるバスツアー、同29日に右島さんの講演会もある。
企画展は観音塚古墳の石室開口70周年を記念し、10日~12月6日、同館が収蔵する国指定重要文化財の副葬品300点以上を紹介する。問い合わせは同館(☎027・343・2256)へ。

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