《三碑の里訪ねて(7)》巨大な礎石残る 多胡郡正倉跡 国家の威信懸け建郡

上毛新聞
2016年12月7日

千数百年の時を超え、石碑に刻まれた「多胡郡」が姿を現した。2年前、高崎市教委による多胡碑(同市吉井町池)周辺の発掘調査で確認された「多胡郡正倉跡」。中でも最も格の高い法倉跡には柱の基礎となる直径1メートルの巨大な「礎石」が残り、巨大建築物の痕跡を示す。国家の威信を懸けて建郡されたことをうかがわせる。
正倉跡は多胡碑の真南に位置し、範囲は約4万平方メートルに及ぶ。米を収納した正倉が並ぶ倉庫群の跡で多胡郡衙の中心的施設だ。建郡(711年)と同時期の瓦が発掘され、全国でも珍しい総瓦ぶき屋根の正倉だったとみられている。
市は調査報告書をまとめ、国指定を目指し保存を進める。市教委文化財保護課は「多胡碑記念館と一体となった活用が見込まれる」と期待する。
来年に「世界の記憶」の登録審査を控え、地元でもムードは高まりつつある。今春、市民による上野三碑ボランティア会が発足。吉井商工会は三碑にまつわるスイーツを生み出そうとコンテストを開催した。
吉井公民館は多胡碑文をデザインした草木染や藍染め、名物料理の開発、羊太夫伝説をモチーフにした紙芝居や切り絵の制作など、事業を通じて地域の人材育成に取り組んでいる。
岡部重成館長(62)は「渡来文化を受け入れ、融合させた古代の歴史を学び、登録後に訪れる外国人観光客とも交流を深めたい」と意欲的。先人の足跡を生かした地域の将来像を描いている。
(おわり)
藤岡支局 三神和晃が担当しました。

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